バリ島で暮らしていた3年間のこと
シンガポールに来る前に、バリ島で過ごした3年間のこと。
思い出に浸りながら、振り返ってみます。
バリ島生活のはじまり
2023年4月、日本からバリ島へ。
当時、息子は1歳になったばかり。
私にとって、3ヶ月以上の海外生活は初めてだった。
引越すまでは、新しい生活が始まることにワクワクして、カフェやレストラン、ビーチを事前に調べては理想のバリライフ妄想にふけっていた。キラキラなサンシャイン!プールに飛び込み!ビーチでチル!ジェットスキーで爆走!みたいなやつ。
…が、現実はそう甘くなかった。笑
知り合いもいないし、息子は何度も風邪をひいて入院したり、頭を縫うことになったりで、初っ端からいろいろあって孤独かつタフな始まりだった。海外生活初心者にとって、小さい子どもを連れてひとりで病院に行くのは思った以上にハードルが高い。保険のことも、正直よく分かっていなかった。
でも夫は海外生活ベテラン勢で、過去18年間、7~8カ国で暮らした経験があった。
「余裕そうだなこの人…笑」って横目で見ながら、私はひたすらもがいたりしがみついたり発狂したり(笑)うん、何回か壊れた。
変なとこ几帳面だったり、頑張らなきゃっていう気持ちが先走ったりで、気づいたら「今日を回すこと」で1日が終わってて、最初の1年はほんとに一瞬で過ぎていった。今思えば、頑張りすぎてたかもしれない。
思ってたより、ずっとたくましい生活
バリ生活、細かいことを挙げると本当にキリがない。
交通はまだ整ってない場所も多いし、もちろん虫も多い。窓を開けたいのに網戸がなくて、気づけば家の中に蚊が大量発生。デング熱も怖いし、蚊取りラケット片手に1日20匹くらい戦っていた日もあった。自分、テニス部かな、って。
ワニみたいな大きなトカゲがそこらへん歩いてて腰ぬかしそうになったり、ヤモリもカタツムリも規格外だったり。
そんな日本とは全く違う環境が新鮮だったのと同時に少し動揺もあったけど、人って不思議で、そんな生活にも慣れていく。日本って本当に整ってたんだな~って後からじわじわ気づくことも多かったし、逆に日本に帰省するとバリの自然が恋しくなったりもした。
バリの人は子どもが大好き
そう、バリの人たちは、子どもにとても優しい。
どこへ行っても声をかけてくれて、遊んでくれて、その距離感に何度も助けられた。ただ、時々「チューしようとする猛者」がいて、そこだけは毎回ちょっとだけ心が追いつかなかった。他人の子どもにチューしようとする心理とは。笑
そして私たちは、本当に素敵なベビーシッターさんにも出会えた。家族の方針を尊重しながら柔軟に対応してくれて、何より息子のことをとても大切にしてくれた。シンガポールに来てからも、ふとしたときにその話題が出るくらい印象に残っている存在。
正直、バリでいちばん価値観が変わったのはここかもしれない。
ベビーシッター文化が身近にあって、家族だけで育児を抱え込む感覚が日本よりずっと少ない気がした。もちろん家庭によるし、これはあくまで私の感じ方だけど、まわりの人が自然に子どもに関わっていく空気があった。
親以外の人から大切にされる経験も、子どもにとってすごく大事なことだったと思う。
バリで知った、少し力の抜けた生き方
バリは、ちゃんとしてない。
いい意味でも、そうじゃない意味でも(笑)
たとえばレストランでも「この野菜は抜いて、代わりこれを追加してほしい」が普通に通ったり、予定もわりと流動的だったり。「まあいいか」で進むことも多くて、ルールや「こうあるべき」に縛られすぎていない感じがあった。
最初はそれにちょっと戸惑うんだけど、そのうち自分の中の「ちゃんとしなきゃ圧」がゆるんでいく。完璧じゃなくても普通に暮らせるし、今日という一日を肩の力を抜いてのんびりと楽しむ空気感がすごく心地よかった。
大好きなバリ島
いわゆる“理想の南国生活”ではなかったと思う。
ジェットスキー!キラキラ!なんて数回しかしてないし、なんならテニス部なみの素振り(蚊との戦い)の方が記憶強い(笑)
でも大切な友達もできて、バリ生活は充実したものになった。この歳になってこんなに深く繋がれる友達に出会えるなんて、正直思ってなかった。一緒に過ごしてくれた友達には、本当に感謝している。
毎日余裕があったわけじゃないし、むしろ必死だったことのほうが多い気がするけど、今となっては全部愛おしい思い出だし、その経験のおかげで人として成長&強くなれたんじゃないかな。何より、ものごとを新たな視点から見れるようになったことや、私たち家族に新たな価値観が生まれたことは大きい◎
今では本当にバリが大好き。またバリに遊びに行くのが楽しみでならない♪
そんな感じで、バリ生活の振り返りでした。
— Nana